実家脳

想起

やめ郎の名は。

朝、目覚めると、なぜか泣いている。こういうことが、俺にはよくある。

いや、なぜかではない。仕事が嫌過ぎて泣いている。

 

いつもと同じ最悪な気持ちで起きて、最悪なアラームを消した。

 

リビングには朝ごはんがもう準備されていた。最近は食欲がない。

 

「おはよう。」

 

朝の情報番組を見ている母親に言った。

 

「おはよう。今日は会社行くの?」

 

「そりゃ行くよ。なんで?」

 

「昨日は午後休んだじゃん」

 

バカな。

 

俺は会社を有給以外で休んだことがない。

 

「何言ってんだよ。午後休なんかとってないよ。」

 

「おぬし、夢を見ているな・・・」

 

死んでくれ、と思いながら俺は家を出た。

 

電車を待っているとき、いつも思う。

俺は今、なんのために生きているんだろう。

平日は仕事が嫌だと思って働いて、休みの日はどうやったら仕事が嫌じゃなくなるのかを考えて過ごしている。

仕事が嫌 という気持ちを中心に生きてしまっている。

自分には働くことが向いていない。

人より不器用すぎる。

 

前は結構好きだった歌も、通勤電車で聞くと鬱陶しくなるだけだから、スマホに日記をつけようとした。俺は仕事が嫌過ぎるのをどうにかするために日記をつけているのだ。

 

昨日の日記に、意味がわからないことが書いてあった。

 

「朝、コーヒーをぶちまけ、床を粉まみれにしてしまった。最初の1時間くらいは床の掃除をした。パソコンを起動させてもIDがわかるはずがなく、10回適当に入力したらパソコンがロックされた。総務課の割と綺麗な女性にどうしたらいいか聞いたらゴミをみるような目で見られて、興奮した。午後はパソコン自体にコーヒーをこぼして5万円弁償した。午後休をとる。」

 

俺は目を疑った。俺は確かにコーヒーの粉をぶちまけたことはある。そしてパスワードも入力間違いを10回してロックがかかったこともある。そしてそのときはゴミを見るような目で見られた。しかし、さすがにコーヒーをパソコンにこぼして弁償まではしていない。

 

日記はまだ続いていた。

 

「俺の名前は 仕事 やめ郎。駅前でラーメン屋やってます。」

 

仕事 やめ郎・・・ラーメン屋がなぜオレのスマホを・・意味不明過ぎる・・・

 

 

職場に着くと、自分より年は下だが高卒で働いているため先輩である藤川がもう出勤していた。

「おはようございます」

 

「おっす。」

 

この藤川という男は俺のことを完全になめていた。

 

実際、藤川は仕事ができる。そして俺は仕事ができない。だから仕方ない。

 

「お前しばらくパソコンないじゃん笑。どうやって仕事すんの?www」

 

確かに俺の席にパソコンがなくなっていた。

 

俺は変な愛想笑いをしてその場をしのいだ。

 

「いぇへへ笑」

 

その日、俺は午前中に辞表を書いて仕事をやめた。

 

 

 

 

仕事をやめた帰り道ってこんな気分がいいものなのか。

 

泣きながらラーメン屋に入ると、鉄製のものがカラカラと落ちる音が連続して鳴り、「失礼しました」と何回も言っている店員がいた。

 

そんなに落とすものがあるのか?と思うくらい カラカラ と 「失礼しました」が交互に響く店内。

 

「いや、もうわざわざ謝んなくていいよ笑」

 

俺は仕事をやめてハイテンションになっていたから、急にしゃべったしタメ口だった。

 

店員が、鳩が豆鉄砲食らったような顔してこっちを見た。

 

胸に、「やめ郎」のネームプレートをつけていた。

 

「あの・・・どこかで・・・」

 

俺は声をかけた。

 

「・・・お水はセルフサービスになってます・・」

 

やめ郎は他に何か言いたげな表情でそう告げた。

 

そしてそう言いながらお水をこっちに持ってきた。

 

セルフサービスじゃないのかよ・・・と思いつつも、俺は水を受け取ろうとして、手が滑ってコップを落としてズボンをびしょ濡れにした。

 

「すみません!!!」

 

やめ郎がダッシュでタオルのようなものをとってこようと厨房に戻ると、またカラカラ何かが落ちる音が鳴り、「失礼しました!!」という声が聞こえた。

 

タオルを持ってきたやめ郎は泣いていた。

 

俺もまた、泣いていた。

 

そして二人同時に言った。

 

「キミの、名前は・・・」